東北旅行(中山宿)⑪ [東北旅行1(昭和時代)]
今日は、久しぶりに東北旅行(昭和時代)シリ-ズの続きです。時は昭和40年8月13日になります
青森から夜行列車急行「津軽」を18時05分発に乗車。機関車はDF50が引いていました。郡山には5時37分に到着です。これで4回目の夜行列車で、疲れがピ-クに達していたかも知れません。途中の碇ヶ関、津軽湯ノ沢、陣場など全く覚えがありません。目が覚めたら既に空が明るくなっていました。
磐越西線D60が引く郡山7時02分発普通列車新津行き乗車。中山宿には7時40分頃に到着します。
郡山駅 D60が6両の客車をつないで発車を待っています。
磐梯熱海で上り郡山行き普通列車と列車交換。重連できました。
中山宿駅に滑り込むD50256 タブレット受器に投げ込む機関助士。
D6023が引く列車が引き込み線に入り、そしてボイラ-の圧力を上げ一気に加速してきます。
信号所を左に見ながら力強く会津若松方面に登って行きました。
郡山から来た貨物列車。列車交換のため一時の休憩を取る機関士と助士。給水栓でタオルを濡らして顔を拭いていました。
反対側の山で開けている場所が見えたのでそこから中山宿の展望を撮る事にしました。
地図無し、おおよその感で山道を探し、こんな丸太橋も渡ったりしながら30分以上登って山の中腹にその開けた場所に出ました。
かなり登ったんですね。中山宿が眼下に見ることが出来ましたが少し登りすぎかな。遠くて良く分からない写真になってしまいました。彼方の山々は吾妻山麓辺りでしょうか、天候も悪かったのでかすんでしまっています。中山宿駅周辺はこんな感じでした。
磐越西線と並んでいる道路は国道49号線(越後街道)で、まだまだ未舗装が多かった様です。
中山宿駅前には、お店などが無く郡山で昼食用のお弁当や飲物等を買い込んだ記憶があります。
ここで撮影した中山宿の画像は下記の「なめくじ会鉄道写真館」のホ-ムペ-ジにも載せていますので、そちらもご覧下さい。
http://home.a00.itscom.net/yosan/jyoki/banetusaisen/banetusaisen.html
さて、ここでの撮影も一通り終り、今夜は予定していた旅館で中休み。久しぶりに畳で寝る事が出来ます。
特に旅館も予約して居ないので中山宿の駅員さんらに宿泊料金の安い所と駅に近いお勧め宿を聞きました。「どうせ泊まるのならば温泉がいいよ」と言うご返事で沼尻温泉のある旅館を紹介して頂き、その旅館の予約までして頂きました。
たしか一泊2食付で1100円だったと思います。当時の相場は1500円位なので400円も安いので一つ返事でお願いしました。当時は駅の立ちそばが40円、幕の内弁当が150円程度なのですから貧乏学生には400円でも結構助かります。
お礼を言って川桁駅へ向かいました。そして、川桁駅からあの可愛い沼尻鉄道に乗って沼尻温泉にいきました。
当然ゆっくりと温泉に浸かって疲れを取り、久しぶりに少しばかりのお酒と、ちゃんとした夕食を頂き布団の中でぐっすりとお休みができました。
この後は、最初の東北旅行(昭和時代)の東北旅行(沼尻鉄道)①と②に続きます。
次回はもう少し沼尻鉄道の画像と会津若松機関区の画像を予定しています。
では これで。
コメント 0