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(№560)篠ノ井線姨捨撮影記 [北陸・中部地方]

前回は201系(H4編成)のラストランの回送を姨捨で狙ったお話ですが、今回はその続きで6月20・21日に鉄友の車で行った姨捨撮影記のお話です。
201系ラストランの回送が姨捨通過15時50分と分かったので集合時間を少し遅くして8時にしました。日曜日は中央道の小仏辺りがいつも混雑するので、距離的にはあまり変わらない関越道から行く事にしました。
井の頭線東松原の集合時間まで少し時間があったので、もう2編成しか無い3000形を新代田~東松原間の紫陽花をいれて狙っていましたが全く来ず、そろそろ集合時間になったので引く上げたら何と来ました。場所的に最悪でした。まぁ、撮れたからいいとするかと自分に慰めて集合場所に行きました。
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予想通り関越道はスイスイと流れています。調子に乗って思わず藤岡JCTを危なく通り過ぎそうになってしまいました。上信越道もガラガラで時間の余裕もあって運転している鉄友から「この際鉄道文化村に寄ってみよう」との提案。碓氷峠鉄道文化村には一度は行って見たかったのでいいタイミングでした。松井田妙義ICで降りて数分で碓氷峠文化村に到着。
駐車場には当時の横川機関区のレ-ルがそのまま残っています。駐車場は無料ですが園内の入場券は500円。
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ED42からEF63になっていた頃の横川機関区。まだボンネットの特急「あさま」を押して碓氷峠を登って行きました。
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検修車庫は当時のままだそうです。庫の中には電気機関車の部品や工具などが置いてあります。
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庫の奥には懐かしいED42も保存していて、しみじみと鑑賞させてもらいました。
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ロッド付きの台車の右側には本線では第三軌条から集電するためのコレクタ-がありこれも何か懐かしい感じ。
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これは昭和38年3月、濃霧の軽井沢駅で撮りました。この列車に乗って横川に下った様ですがこの後何故か全く写真を撮っていないのです。しかし、この碓氷峠区間は超スロ-で走っていたの今でも思い出します。
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イギリスの機関車「あぷとくん」も中々いいものです。線路幅610㎜の機関車はイギリスwinson社製のタンク式蒸気機関車3950形グリーンブリーズ号だそうです。燃料は豆炭をつかっていました。
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1時間半程楽しんで再び松井田妙義ICに乗り一路姨捨に向かいます。1時間半程走って姨捨サ-ビスエリアに到着。
ここで姨捨スマ-トICで出られると思ったら何と入るだけ、下り線が出られるとの事で次のICまで行き再び乗って姨捨サ-ビスエリアに戻ってやっと出られました。

そしてお立ち台に行きました。まだ同業者は誰もいません。すぐ横には中央道が走っています。
昭和40年頃来た時はこの辺りも棚田が広がり線路を入れた善行寺平が撮れました。この時は12月、残念ながら田圃は水もはいっていませんでした。
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で、今はこんな状態です。棚田が殆ど有りません。また左の樹木は当時無かった気がします。40年も経つと木も大きくなってしまうのですね。
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今回はここまでです。次回この続きをします。
では これで。

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武蔵野日本鉄道

お久しぶりです、好いですねー、善光寺平、俯瞰の今昔、しかしこの昔のD51貨物列車のカットの中に若い杉の木が3本程見えますね、この杉の木115形の俯瞰写真に出て来る、左側の大木に成長したのでしょうか?時代を感じると共に歳を取られ、棚田の世話をして来た、先輩達はこの斜面の物理的障害を越えられなくなり
経済的にも身体的にももう限界という叫びの姿が映し出された様です、前作の201形回送の叫び声が共鳴しこだまが聞こえそうな、すばらしい情緒です。拍手
by 武蔵野日本鉄道 (2010-06-29 01:06) 

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